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2010年8月10日 日常
★月別山草 7月 「モミジカラスウリ・ギンバイソウ・ヒメユリ・ユウスゲ」
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2010年8月10日 日常

 プランター野菜の胡瓜、苦瓜の生長を毎朝確認している。緑のカーテンにしてその下での読書を楽しみ、実がなれば食卓に供す、一石二鳥を夢みたものだ。植え付けが遅かったので今だ繁みにならず天蓋に程遠い状態だが、胡瓜が二つ苦瓜が四つ実をつけた。早く大きくなれ・・・と念じ水遣りを欠かせずだんだん膨らんでいくのを観察している。
 どちらも蔓を伸ばして繁生していき、苦瓜のそれは胡瓜よりさらに細いのに重さをつのらせる実をぶらさげて駘蕩の趣である。蔓の強靭さには驚くし次世代を育てる精緻な仕組みにはいまさらながら考えさせられる。

「ジャックと豆の木」の豆の蔓は天に向かって無尽に伸びジャックの体を支えて登らせるほどになる。
 「蜘蛛の糸」の、地獄血の池にお釈迦さまが垂らす銀色の糸は、大泥棒の罪人おろか数限りない罪人の重さに耐えるのである。

 細さだけで強弱の尺度をはかったら間違いをおこしかねないことを胡瓜と苦瓜に学ぶ一日。
 窓辺に吊り下げた風鈴の音がおもわしくない。涼しくない響きにかえって暑苦しいので点検したら簾の端に釣り糸がひかかっていた。なおしてやると涼しげな音がよみがえった。
 立秋すぎるとたちまち朝夕の風が何分かの一ぐらい秋の匂いを感じるようになって喜んでいたら「台風}の影響、といわれてガクッとなった。はたしてそうなんだろうか・・・。
 熱闘甲子園、待ちに待った倉敷商業高校の出番、部屋の扇風機をブンブン回してラジオにかじりついて応援したが南無三、またしても惜敗のありさま。技術的な鍛錬もさりながら拮抗した戦いの好投を援護するにはカミソリのような緊迫した気持ちが大事なのでは、ミスをしない、守り堅固!・・・悔やまれるのだァ・・・。

 お盆がちかずいた。
 庭先に盆花(ミソハギ)を青竹に活けて石の上に肥松を燃やして先祖の迎える。
 縁側に盆提灯が回り浴衣に内輪をあおぎつつ夏の夜をすごす、今年は亡兄の初盆、早帰郷しようと思う。

 

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2010年8月9日 日常
★山野草探訪撮 NOー206 「シデシャジン」
★オレフ句会 「2010.8月特選句」

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 盛夏のコメントを書いたらもう暦の上では立秋である。
 昼間の気温35度が依然継続中、寝苦しい熱帯夜にも悩まされ生活のリズムがすっかり狂った。宵の愛犬つれての散歩のとき、青田の道で瞬間さわさわと風がわたると熱した体はなんともいえぬが、恒となる朝夕の涼しさはさらさら感じない。
 少し動くとダラダラと汗が背や腹に伝う、一日に何度もTシャツをしかえシャワーを浴びる毎日がつづく。

 先日よく熟れた大生りのトマトをたくさんいただいた。店頭で買うものにくらべるとずいぶん立派なのに感激した。冷蔵庫で冷やしてガブリとかぶりつけるのがトマト好きには堪らない。まさしく夏の味だ。

炉辺余話ー盛夏

2010年8月5日 日常
 日本の気候はもはや亜熱帯に移行している、という記事を目にしてあながち誇張ではないと思っている。太平洋から張り出す高気圧が膨張して収まりそうにない。
 世界規模のエコ政策がどれほどなしえてもいったん狂った温暖化の針は元に戻らないのではと懸念する。化石燃料の発掘と使用は国レベルのエゴで今後とも継続されつづけられるだろう。

 一昨日、所要で駅元町から丸の内に移動するさい、交通機関を利用するのが億劫なので徒歩を試みてこの灼熱の按配に辟易した。じりじり照りつける太陽もさりながら、ビルや舗装道路からの照り返しが倍加して身にふりかかる都市熱のすさまじさを味わった。できるだけ街路樹等の日陰を縫うように歩き、ペットボトルで水分補給しても負荷は相当なものであった。目的地についたら着衣の色が濡れ鼠のそれに化けていた。

 老人にして冒険だったなあと振り返ったのであるが、頻発する熱中症は65歳以上でしかも屋内に偏向しているようだ。屋内外の、土の見えない亜熱帯生活にはよほど気配りのシフトを要す。
 

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2010年8月2日 日常
★ギャラリー「再び中国へ①」

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2010年8月1日 日常
 ★山野草探訪撮 NO-205 「オカトラノオ」  

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 鞆の浦産のチリメンジャコを友人からいただき、親戚からは音戸産のものが
届いた。食の減退するこの時期、少し炒って大根すりにそえるとご飯が美味しくなる。
 カタクチイワシの幼魚でも少し大きくなれば煮干になり釘煮になる。
 透けて見える身は噛めば噛むほどに味わい深い。
 朝刊で面白い記事をみつけた。「チリモン」である。
 この中にいろんな小魚が混じっているようだ。目の細かい網漁だけに他の小魚もろともとらえられ、某新聞によると大阪湾産ではアジ、タチウオ、シャコ、カサゴ、カワハギ、タツノオトシゴなどの幼魚が混じるようで、これをチリメンジャコに混じるモンスター、略して「チリモン」と称し、ピンセット、ルーペ、図鑑、標本のための白紙、接着剤をととのえ分類していく同好会があるようだ。
 珍なる趣味と感心した。産地ごとに混入幼魚が異なり水産学に寄与するかもしれない。温暖化で魚類の棲み分けが考えられ存外貴重な活動である。
 夏になるとお化けや恐竜の話がよく合う。ゾウッと背筋に寒気がはしるのが暑気払いになるのだ。お化けというのは瞬間的な衝動をもたらすので心臓によくない、と自分では敬遠したい気持ちだが、恐竜はいい、現実に闊歩していればとてつもなく恐ろしい生物にちがいないが、これは古代の話で、われわれ人類の原形と終末に関与しているとすれば気が遠くなるようなロマンを思わせるのだ。
 古代、それも2億6千年前の恐竜時代、絵本や画像あるいは復元された骨格標本で見られるような大型動物が地球にあらわれ弱肉強食の生存競争に明け暮れていた。人類の原形である哺乳動物はごくごく小さくて今のネズミに似ていた。危険を避けて夜活動せざるをえない弱小の頂点にある生物であった。繁殖は産卵し孵化すると哺乳で成長させたのであるが、生体はもちろん卵まで恐竜に捕食されて多くは生存かなわなかった。そこで胎盤をもつ生体に進化し体内で育て外敵に防備した。
 そのころの宇宙は惑星がとびかう天体誕生期でそのひとつが地球に落下衝突してその衝撃波は地球を破壊させ地熱を奪いやがて氷河期を迎えると大形恐竜は消滅した。生き残った恐竜の一部は恐竜鳥類になり、鰐などの両生類にも転化した。かたやわれら祖先ネズミは地中生活と胎盤のおかげで生き残り、恐竜などの敵が絶え草原化した環境に適応すべく進化しつづけ二足歩行の猿を誕生させた。
 
 記憶にあることを、まことに荒っぽくかいつまんだ炉辺進化談であるが、古代祖先の恐竜に対する恐怖は今でもDNAとして潜在的に介在しているようで、想像しただけで人類は身震いの発作を呼ぶ。血は覚えているのである。
 近未来、地球の自壊と天体との衝突で起源回帰もありえない話ではないと思うがいかがかな。これをロマンと言ったら顰蹙をかうだろうか。
 生活レベルがある程度あがった社会に法令や禁止令が頻発すると閉塞感がうまれ、さらに増税が加われば不安不信が先行する。また標榜する目標が説明がなかったり暗い生活が想像されればパニックが起こる。資質が疑われる宰相なら思いつき発言の頻度が施政方針の朝令暮改のぶれにあらわれ、これが民衆を暗澹とさせることになる。今現代は吉宗が標榜したデフレの形をなしているので明確な指針と有効なみちびきがないと全般が沈滞してくるのがよく分かる。目指す姿はこうだ、そのためにはこういう施策が段階的に必要だという説明布令がないままいきなり家康の質素剛健にたちかえろうとする手段を打ち出したものだから、民衆は承知しない。錆の浮いた昔の文化、生産に貢献しない武士階級の復活を歓迎するはずがなくそれを甘受しない社会に進化しているのを認識しないものだから、もろもろの反抗抵抗が勃発、なかでも尾張徳川宗春が吉宗の向こうを張って豪奢絢爛の所業で金銭を濫費してみせ庶民の羨望と喝采をかい(吉春の場合、単に施政の問題だけではなく将軍継承のトラブルも介在する)、徳川四天王の一つ、榊原政岑(まさみね)姫路藩主も音曲歌舞はじめ贅をつくした振る舞いにあけくれたのは理屈としてありうること。民衆は下駄の裏に金を貼り、木綿の着物の裏地に絹を使うというなどの抵抗で法律将軍の「享保の改革」に反抗した。いわゆる反抗分子に構築された哲学はみられないものの、民衆の欲望を潜在化させた風潮で幕府を骨抜きにする力はあったのである。
 今昔デフレもインフレも極端に針をふると経済は混乱停滞する。改革は宰相の後戻りのない目標の明確なうちだし、懇切丁寧な説明、段階的な施政、そして先明な対応策がうてる一国の宰相出現が待ち望まれる。
 歴史をひもときながら思ったことである。

 
 
 吉宗のインフレ対策は町に氾濫している芝居・吉原の遊興を禁じ奢多な身なりをとりしまる法令をだした。質素剛健の徳川始祖を標榜したのである。そして幕府を潤すため年貢の上積みを課した。これが享保の改革である。
 戦略としては良いが戦術としては走行している車に急ブレーキをかけて急旋回するようなもので民衆に混乱をもたらしたばかりでなくて抵抗をよびおこした。徳川中期、もはや戦いなどなくなり武士の威光は通じない世のなかに変化している時代の風を、吉宗は読めなかった。
 専制時代の「治世」とはいかにも黴のはえた言葉だが、国民の選挙で間接的にも宰相になったら当然その任務を司り責を負う。今昔を問わずその哲学は国が存在する以上不変だろう、それがどうだ、思い付きー朝令暮改で右往左往のありさまは目にあまりある。

 江戸は享保時代、爛熟した元禄時代は5代将軍綱吉の退廃のあと紀州徳川から吉宗が8代将軍として任についた。大商人が富を持ち連日連夜町人は奢り遊興にうつつを抜かすのに比べ幕府の財は底をついた。インフレの世情である。
 吉宗は商人の台頭、武士階級の荒廃に目を三角にして怒り、質素倹約を布令し土地、年貢(税)の増微、風儀の粛清に改革の着手をしたのである。
 今はデフレである。世の経済が沈んで停滞している。
 インフレだろうがデフレだろうが、極端に振れたら民衆は惨めになり困窮を強いられて道徳とか倫理とかは荒んでくる。その延長戦に国家の財政破綻が余儀されるのである。
 振り子の是正にはいちに宰相の哲学的治世による。
 

 

阿新探訪撮

2010年7月19日 日常
 澄み切った青空に綿菓子のような雲が浮かんだ空をみながら岡山道をはしった。たまには山野の空気を吸ったらどうかといわれての探訪撮である。
 岡山道は高速道政策のために通行量が飛躍的にのびている。交通事故の発生表示が出た。吉備高原あたりで渋滞になった。どうも事故そのものの影響ではなくて4車線から2車線へ移行するさいの交通量が裁ききれていない現象のようだ。連休、夏休みの開放気分が日本海から太平洋に太平洋から日本海に民族移動する人たちをよびおこしたのだろう。
 ICを降りると料金表は450円、消費税論議で紛糾するレベルの国財政に複雑な思いがよぎるが、ここは素直によろこんでおきたい。
 両側から濃緑の山がせまってくる狭隘の道路を駆る。道には谷があり水があるところ集落が存在する。無人荒野を走ることはなく、よほど深山でないかぎり峠を越えたわを登ると自然に溶け込んだ人家が必ずあるのが日本のいいところ。よそ目に日本昔話そのものである。
 深山に踏み入れて、渓流のリズムを聞き谷間の棚田の荒廃やあるいは若苗の様子をみて、蛙は、ゲンゴロウはと馳せながら、花に出会うと撮影しながら山中を一周して181号線にかえった。
 【今日出合った花】
 ーオニヤガラ ウツボグサ オカトラノオ モミジバカラスウリ シデシャジン シオデ ヒヨドリバナ ショウマ ソバナ ギンバイソウ ヒメユリ ユウスゲー

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2010年7月17日 日常
★オレフ句会 「2010.6月・7月特選句」
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 梅雨前線だけの影響ではないが気候不安定は西日本と東海に無残な被害をもたらした。エアーポケットのような岡山地方だが自然力の猛威には怖気がはしり不幸にたえない。
 そろそろ梅雨明けか、真っ赤な晴れマークはいかな様相をみせるのか、気がかりである。

 近頃、TVをみることが多くなった。毎日朝の「げげの女房」、ドラマなのでまるっきりの真実とは思えないのだが、素朴な女房像、人生雌伏時期、障壁打破などの切り口からみていると面白い。そしてもう一つは「龍馬伝」、いままでの龍馬とはずいぶん違うものの、今日を反映して日本をいかに標榜していくのか、だれかに煎じて飲ましたいと思いながらみている。
 
 閣僚がてんでばらばらに言動している。それは国民に提示する前の閣内の論議事項ですくなくとも国民に諮るときは一貫した姿勢をみせてもらいたい。いかに論議不在で思いつきの言動ではないか。聞かされる方は迷走の振幅が大になり信頼に足らない有様だ。

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2010年7月16日 日常
★山野草探訪撮 NO-204 「ネムノキ」
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訂正・更新情報

2010年7月15日 日常
訂正 ★ギャラリー 「摩訶不思議な道路」
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