部屋割りの整理
2007年1月27日?ダイアリーと?と、ある風景、?おかやまルポの書き込み使い分けについて整理しておきたい。
ダイアリーは文字通り日記であり、〔と、ある風景〕、〔おかやまルポ〕への画像紹介やルポの役目。
〔と、ある風景〕意図のない一葉の行きずり画像、
〔おかやまルポ〕は風土のにおいを発する特版にしたい、
と編集企画している。
さて。いかがなものになりますやら。
ダイアリーは文字通り日記であり、〔と、ある風景〕、〔おかやまルポ〕への画像紹介やルポの役目。
〔と、ある風景〕意図のない一葉の行きずり画像、
〔おかやまルポ〕は風土のにおいを発する特版にしたい、
と編集企画している。
さて。いかがなものになりますやら。
再放送を見る危惧感
2007年1月26日友人から電話をもらった。過日放送された〔重森三玲〕のTV番組が今宵に再放送されるという情報提供だった。見逃していたので是非と。いきこんで待機した。新聞の番組表をしらべてみた。
午後7時30分、NHKの〔ふるさと発スペッシャルアンコール〔永遠の庭に挑む〕で、
サブタイトルには?昭和を駆け抜けた作庭家・重森三玲
?ざん新なデザインと石組みの庭が今、注目
?故郷・岡山の原風景 宇崎竜童
とある。
この月19日に上記友人に誘われて三玲の生まれ故郷を探訪したのだが、なんの予備知識も持ち合わせずに訪れ、公民館と庁舎を素人取材していた。
行きずりの文章に、実際に錯誤がいかほどのものか、大いに危惧を抱いて見た。
午後7時30分、NHKの〔ふるさと発スペッシャルアンコール〔永遠の庭に挑む〕で、
サブタイトルには?昭和を駆け抜けた作庭家・重森三玲
?ざん新なデザインと石組みの庭が今、注目
?故郷・岡山の原風景 宇崎竜童
とある。
この月19日に上記友人に誘われて三玲の生まれ故郷を探訪したのだが、なんの予備知識も持ち合わせずに訪れ、公民館と庁舎を素人取材していた。
行きずりの文章に、実際に錯誤がいかほどのものか、大いに危惧を抱いて見た。
〔長丸の雲海〕探索行
2007年1月24日〔ちょうがんのうんかい〕と読む。行ってみようと思い立ったのが午後だから〔雲海〕は見えないが、どんなところだろうと興味が湧いて腰をあげた。
******ルポは〔おかやまルポ〕の部屋へどうぞ*****
******ルポは〔おかやまルポ〕の部屋へどうぞ*****
美術鑑賞
2007年1月23日県立美術館の初春展示会〔棟方志功・芹沢?介展〕に出かけた。
棟方は版画家、芹沢は染色家、お二人ともその分野において世界に名をなした芸術家であることは認識している。
大原孫三郎、総一郎との知己で大原美術館と縁が深い。倉敷に大きな足跡を残していることは大原美術館に行くとよく分かる。
しかし芸風が違い、モチーフが違う二人展にどういう接点があるのか興味があった。一人は精緻、片や豪放に素人目には伺えるのである。
ウィークデーなので人影も疎らなのは一点一点の前でゆったり鑑賞するにはなによりの状況だった。
なにか分かったか、と問われれば、難しい言葉の表現できないが、敢えていえば作品を奏でている〔暖かさ〕であろうか。
棟方志功もいいが、個人的には芹沢?介の作品の前では心が沈着する。
人間の好みではあるが。
棟方は版画家、芹沢は染色家、お二人ともその分野において世界に名をなした芸術家であることは認識している。
大原孫三郎、総一郎との知己で大原美術館と縁が深い。倉敷に大きな足跡を残していることは大原美術館に行くとよく分かる。
しかし芸風が違い、モチーフが違う二人展にどういう接点があるのか興味があった。一人は精緻、片や豪放に素人目には伺えるのである。
ウィークデーなので人影も疎らなのは一点一点の前でゆったり鑑賞するにはなによりの状況だった。
なにか分かったか、と問われれば、難しい言葉の表現できないが、敢えていえば作品を奏でている〔暖かさ〕であろうか。
棟方志功もいいが、個人的には芹沢?介の作品の前では心が沈着する。
人間の好みではあるが。
夕立受け山
2007年1月19日備前市にあろ夕立受け山に車を走らせた。標高210mの低山で瀬戸の海が裾を洗っている。相当昔に登ったときからすれば登山道が整備されているので戸惑うし、鉢巻状の道は稲妻形に変わって急登になるので丸太の階段が随所にあらわれる。
昔々、日照り続きに嘆いた農民はこの頂上に薪を積み上げ大火を焚き神様に雨をお願いしたところ、煙が雨雲になり夕立を呼んだそうだ。それから夕立受け山というへんてこな名前がついた。
要は雨乞山なのである。
ところが草本はもちろん木の花もなんにもない。ヤマツツジが硬いガクに包まれて見るからにうんざりする冬山。
ただカキ筏を浮かべた片上湾が一望に望める。
南に向くと大小様々な島礁と小豆島の全貌を見事に捉えることができるのは、絶景かな絶景かな、と唸らせる光景で値千金だった。
ーーー〔と、ある風景〕の21日に掲載予定ーーー
昔々、日照り続きに嘆いた農民はこの頂上に薪を積み上げ大火を焚き神様に雨をお願いしたところ、煙が雨雲になり夕立を呼んだそうだ。それから夕立受け山というへんてこな名前がついた。
要は雨乞山なのである。
ところが草本はもちろん木の花もなんにもない。ヤマツツジが硬いガクに包まれて見るからにうんざりする冬山。
ただカキ筏を浮かべた片上湾が一望に望める。
南に向くと大小様々な島礁と小豆島の全貌を見事に捉えることができるのは、絶景かな絶景かな、と唸らせる光景で値千金だった。
ーーー〔と、ある風景〕の21日に掲載予定ーーー
重森三玲を訪ねて
2007年1月18日藤森三玲は旧賀陽町の出身の造園学者、しかも書画に秀で茶道、華道を極める人だったらしい。過日TVで特番やったそうだが私はみていない。
そこで公民館を頼りに出かけてみた。そこを拝見して庁舎を紹介してもらい車を走らせた。たっぷり拝見して昼食。
足を伸ばして標高のある大平山へ。好天気なら蒜山三座、大山が望める頂上なのだが霧に咽んでのぞむべくもなし。樹間の地上に積雪があった。
帰途山陽町の温泉で体を温めることであった。
ーーー藤森三玲の作庭画像は〔と、ある風景〕に19、20日の二日間にわたって掲載します、参照をーーー
そこで公民館を頼りに出かけてみた。そこを拝見して庁舎を紹介してもらい車を走らせた。たっぷり拝見して昼食。
足を伸ばして標高のある大平山へ。好天気なら蒜山三座、大山が望める頂上なのだが霧に咽んでのぞむべくもなし。樹間の地上に積雪があった。
帰途山陽町の温泉で体を温めることであった。
ーーー藤森三玲の作庭画像は〔と、ある風景〕に19、20日の二日間にわたって掲載します、参照をーーー
備前の雨乞山に行くつもりだったが予報は夕方から崩れるとのこと、ぐずぐずしていて出かける時間がなくなった。
案に違わず昼から雨脚が地を濡らしだした。
わざわざ雨乞いにいくまでもなかったのである。
案に違わず昼から雨脚が地を濡らしだした。
わざわざ雨乞いにいくまでもなかったのである。
またまた半田山
2007年1月15日日和が良くなると出かけたくなる。計画した探訪撮ではないから重い腰を上げる時間が遅くなるのはいたしかたがない。近くで南斜面の山がいいと思っているから、ついつい半田山になる。同じ心境か、暖かさにつられて老境のカメラマンに出会い雑談する。
ーーー〔と、ある風景・1.15日参照ーーー
ーーー〔と、ある風景・1.15日参照ーーー
元気印
2007年1月14日懐かしき友からの電話で久しぶりの歓談をした。釣りキチ時代、瀬戸内海はもちろん四国は宿毛、城辺、宇和海、さらに九州有明まで釣り遠征した仲間だ。クラブを作って全国組織に加盟し旺盛に活動していて、正月も盆も磯に立ち岩のうえで竿を振っていた。私はとっくに海から山へチェンジしてしまったが、彼は現役で活躍しておられる。お元気でなにより。一途の邁進に敬意を覚える。
冬のスポーツといえばマラソンに駅伝。全国都市対抗女子駅伝で岡山チームが準優勝した。いくつかの競技で、このところ岡山は好成績を続けていて郷土を盛り立てている。
冬のスポーツといえばマラソンに駅伝。全国都市対抗女子駅伝で岡山チームが準優勝した。いくつかの競技で、このところ岡山は好成績を続けていて郷土を盛り立てている。
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小春日和
2007年1月12日ーーー11日ーーー午前中は岡山城廊下門前のボランティア清掃。無風で陽が射して気持ちが良かった。
午後は小春日和に誘われて半田山に。ロウバイとシナマンサクが咲いて今が爛漫。理科大学のキャンバスを望む頂上の古墳あたりは少し風があたる。老婦人が二人おしゃべりに夢中になって枯葉を踏んで散策。
展望台まで戻って一服、眼下に市街を一望、遠く瀬戸内海がかすみ、視野に垂れるソメイヨシノの枝は硬い蕾。
老夫妻が双眼鏡で市内を眺めていた。
坂道を椿園に下り、冬なお濃い緑陰をたどり帰途につく。
(参照・と、ある風景)
ーーー12日ーーー
モーツアルト生誕250年記念チャリティコンサートへ。
菊池洋子のピアノソロ、半田美和子のソプラノ。
心地よい余韻に包まれて夜を家路にたどる。
午後は小春日和に誘われて半田山に。ロウバイとシナマンサクが咲いて今が爛漫。理科大学のキャンバスを望む頂上の古墳あたりは少し風があたる。老婦人が二人おしゃべりに夢中になって枯葉を踏んで散策。
展望台まで戻って一服、眼下に市街を一望、遠く瀬戸内海がかすみ、視野に垂れるソメイヨシノの枝は硬い蕾。
老夫妻が双眼鏡で市内を眺めていた。
坂道を椿園に下り、冬なお濃い緑陰をたどり帰途につく。
(参照・と、ある風景)
ーーー12日ーーー
モーツアルト生誕250年記念チャリティコンサートへ。
菊池洋子のピアノソロ、半田美和子のソプラノ。
心地よい余韻に包まれて夜を家路にたどる。
雪が降る降る
2007年1月7日寒気団が列島を縦断して、備前の平野にも降雪をもたらした。早朝からボタン雪が音がするように舞い、みるみるうちに家屋や植木に雪笠の現象をみせてくれた。しかし、このボタン雪は陽が当たりだすとたちまち融けてしまう。夜中に降る粉雪は積雪として残るのと大きな違いだ。
昼前のまぶしい陽光の下ではかなくあとかたもなく消えた。
昼前のまぶしい陽光の下ではかなくあとかたもなく消えた。
変転
2007年1月2日日替わりで温暖、好天雨天がくるというパターンはどうやら昨年から引きずっているようだ、
ストーブを抱くようにして年末にまとめて買った本に没頭する。読み出したら読みきるまでは他事に身が入らない。
午前中で一冊を読了。それは〔殿様の通信簿〕。へえ〜、とおもったり、感心したり、ぷっと吹き出したりして大変面白かった。近代の構造現象は江戸の元禄時代にそこそこ出来上がっていたのである。喜怒哀楽の心の襞は古今人間であれば史実に共通する。
それにしてもだ、我が郷土の岡山二代藩主・池田綱政公は70人の子供をこしらえたそうだ。
300年経過した現在、ネズミ算式を用いたならば、自分の身の回りには池田家の子々孫々がいっぱいいるにちいがいない。
こんど池田性の人に合ったら(もっとも池田性ばかりであるとは限らないが)所縁の人ですか?、と聞いてみよう・・・・。
穏やか元旦とおもっていたら、報道によると、愛媛県八幡浜では山の住人であるイノシシが町の道路に出てきて、老人4人に体当たりをやったらしい。4人の方は重軽傷で治療中とのこと。地元では野犬がいなくなったからだとコメントしていたが、まさか、今年は俺の当たり年、などと奢ったのではあるまいな。
ストーブを抱くようにして年末にまとめて買った本に没頭する。読み出したら読みきるまでは他事に身が入らない。
午前中で一冊を読了。それは〔殿様の通信簿〕。へえ〜、とおもったり、感心したり、ぷっと吹き出したりして大変面白かった。近代の構造現象は江戸の元禄時代にそこそこ出来上がっていたのである。喜怒哀楽の心の襞は古今人間であれば史実に共通する。
それにしてもだ、我が郷土の岡山二代藩主・池田綱政公は70人の子供をこしらえたそうだ。
300年経過した現在、ネズミ算式を用いたならば、自分の身の回りには池田家の子々孫々がいっぱいいるにちいがいない。
こんど池田性の人に合ったら(もっとも池田性ばかりであるとは限らないが)所縁の人ですか?、と聞いてみよう・・・・。
穏やか元旦とおもっていたら、報道によると、愛媛県八幡浜では山の住人であるイノシシが町の道路に出てきて、老人4人に体当たりをやったらしい。4人の方は重軽傷で治療中とのこと。地元では野犬がいなくなったからだとコメントしていたが、まさか、今年は俺の当たり年、などと奢ったのではあるまいな。
穏やかな新年
2007年1月1日朝寝坊して持ち余すような元旦の新聞を取りに出ると、陽が射してなんといい天気だった。穏やかな元日でる。変革の過程で錯綜している社会も、この陽射しを浴びてフカフカの布団の暖かさになって欲しいものだ。
ところで元旦の新聞はなんで重たいのだろう。毎年そう思いながら玄関を入る。本紙のほかにTV報道の番組がれいれいしく別冊になって、しかも新年の占うような特集ものがこれまた別冊、そのなかに、どうだまいったか、とでも喚いている広告ビラがどっさり。
これらを一枚づつ見ていったら元旦の一日は潰れそうだ。
ともあれなにかが目出度いのである。
ところで元旦の新聞はなんで重たいのだろう。毎年そう思いながら玄関を入る。本紙のほかにTV報道の番組がれいれいしく別冊になって、しかも新年の占うような特集ものがこれまた別冊、そのなかに、どうだまいったか、とでも喚いている広告ビラがどっさり。
これらを一枚づつ見ていったら元旦の一日は潰れそうだ。
ともあれなにかが目出度いのである。
寒風
2006年12月29日昨日と今日は冬山にいるような風が吹き荒れた。午後はわずかな雪が舞った。これで本当に冬らしくなった、と風流に耽るのはいいが、暖かい方が好きな我輩など風音をきくだけで首をすくめるのである。家を建てた頃は田園地帯で吹きさらしの思いをしたものだが、どんどん埋め立てられ雨後のタケノコのように民家が建て込んできたので幸いのことに風の直撃は免れることになった。暖かいことはいいことだ。
昨日は人間ドックだった。それなりに無事解放された。やれやれである。
知人から美味しい漬物を、他の知人からはホカホカの赤飯、アナゴ焼き、林檎、さらに渋抜き愛宕柿を頂戴した。カミさんが魚市場で仕入れた魚貝類、数の子などと合わせれば少人数の正月料理はそろったようなもの。イノシシを迎えるのだから雑食で事足りる。馬の飼い葉ほどを欲しがる家族はいないので量もいらぬ。
掃除も隅々までいきわたった、とはいかないので、手抜きの部分を明日はすることにしよう。市役所から配布された門松プリントは今日玄関に貼った。近年はこれで済ましている。
知人の書店に足を運び雑談しながら正月に読む本を選びぬき、3冊買ってきた。
ついでにDVDも買った。ジョン・フォード監督の〔黄色いリボン〕とルイス・マイケル監督の〔西部戦線異常なし〕。往年の名作。ロマン・アクションで昂揚し戦争映画で戦争の虚しさを噛みしめようという訳だ。
昨日は人間ドックだった。それなりに無事解放された。やれやれである。
知人から美味しい漬物を、他の知人からはホカホカの赤飯、アナゴ焼き、林檎、さらに渋抜き愛宕柿を頂戴した。カミさんが魚市場で仕入れた魚貝類、数の子などと合わせれば少人数の正月料理はそろったようなもの。イノシシを迎えるのだから雑食で事足りる。馬の飼い葉ほどを欲しがる家族はいないので量もいらぬ。
掃除も隅々までいきわたった、とはいかないので、手抜きの部分を明日はすることにしよう。市役所から配布された門松プリントは今日玄関に貼った。近年はこれで済ましている。
知人の書店に足を運び雑談しながら正月に読む本を選びぬき、3冊買ってきた。
ついでにDVDも買った。ジョン・フォード監督の〔黄色いリボン〕とルイス・マイケル監督の〔西部戦線異常なし〕。往年の名作。ロマン・アクションで昂揚し戦争映画で戦争の虚しさを噛みしめようという訳だ。
聖夜
2006年12月24日もとよりクリスチャンではないので特別なことはしないが、宵口に愛犬の散歩に出ると途中で夜の帳が降りるのであるが、イルミネーションで飾られた家は一斉にピカピカしだすので賑やかになる。電線でつならる豆球だから個々のデザインでいかようにも形つくられるのだろう、いろんな形を演出している。若い子のいる家はいかにもウキウキするだろうし暗くなって帰宅する家人には暖かい家庭の笑顔が浮かぶのではないか。
あれは外に向かっての電飾なので、ホントに気分高揚するためには屋内に飾ったらどうだろうか、彩色点滅で長くは点灯できないにちがいない。バースディのようにケーキのロウソクを吹き消したら部屋を明るするのでは、、、やはり屋内では使えないか。
今日はイブだから、イルミネーションは明日はなくなる。
仏教徒であるが、今宵は私もケーキの一切れをいただくことにしよう。
あれは外に向かっての電飾なので、ホントに気分高揚するためには屋内に飾ったらどうだろうか、彩色点滅で長くは点灯できないにちがいない。バースディのようにケーキのロウソクを吹き消したら部屋を明るするのでは、、、やはり屋内では使えないか。
今日はイブだから、イルミネーションは明日はなくなる。
仏教徒であるが、今宵は私もケーキの一切れをいただくことにしよう。
井原市・経ヶ丸へドライブ
2006年12月22日コメント (1)過去、井原市には頻繁に行っていない。
経ヶ丸に1回、田中美術韓に2回、華鴒美術韓に1回、在職時の業務で2回・・と数えるほどしかない。後は井原鉄道の試乗、〔山野草探訪撮〕で府中上下町、庄原市総領町などへの通過点としては大いに馴染んではいるのであるが。
今回は井原市街地で昼食をする計画をして岡山を出たので、余裕で着いた。m175さんの知人である486号線沿いの〔加門〕で食事すことにした。ランチのハンバーグ定食を美味しくいただいた。ご飯が多い気がしたがハンバーグの美味しさに連れ、全部平らげた。満足満足。こういう時間の通過時には利用できる拠点ができたことは嬉しい。加門の電話〔tel:0866-63-3336〕。
313号線に入って経ヶ丸の道に入る。前述のように1度きたことがあるのだが随分昔のこと。羊腸の道は不変でも公園や文学の道などの整備は見違えるようにきれいになっていた。281mの頂上は叢伸び放題だった光景はこれが同じ山かと思うほどに公園化されていた。梢の葉落ちで380度の眺望が可能。冬至とは思えないほどの暖かい陽光を浴びて歩いてみる。さすが花はない、といってもアキノキリンソウが1株、ノゲシが数株あるにはあったが。
ちなみに過去に来たときはヤマモモの実がたわわに熟れていたときで、口腔内を紫にして下山したものである。
帰路はグリーンパーク〜真言宗別格高山寺を経て国道に還った。木々のあいだに井原市街が一望でき、ホウッと嘆ずるほどの、整然な市郭が広がる。
井原は源平合戦屋島の戦いで船上の扇を射た那須与一、群雄割拠時代の北条早雲にゆかりがある土地。井原鉄道の井原駅は那須与一の弓をイメージした斬新な駅舎だ。江戸時代は参勤交代の街道筋で栄えたので歴史の遺文が今に漂っている街だ。
486号線から枝道をとり、〔星懸の松〕を訪ねる。真言宗準別格正覚院の境内に植栽されている。黒松で、要は星状に枝を張っている松だ。井原教育委員会の立て札は、〔天然記念物 日本一・・枝の長さ十何m〕???。思わずマユツバだァ、と言葉を発しようとしたが、三代目と聞き,,,ハテ?。
ちょうどいい時刻、宵口に岡山に帰り着いた。桃太郎スタジアムの道路53号線は明日のマラソンに関係してか、異常の渋滞であった。
経ヶ丸に1回、田中美術韓に2回、華鴒美術韓に1回、在職時の業務で2回・・と数えるほどしかない。後は井原鉄道の試乗、〔山野草探訪撮〕で府中上下町、庄原市総領町などへの通過点としては大いに馴染んではいるのであるが。
今回は井原市街地で昼食をする計画をして岡山を出たので、余裕で着いた。m175さんの知人である486号線沿いの〔加門〕で食事すことにした。ランチのハンバーグ定食を美味しくいただいた。ご飯が多い気がしたがハンバーグの美味しさに連れ、全部平らげた。満足満足。こういう時間の通過時には利用できる拠点ができたことは嬉しい。加門の電話〔tel:0866-63-3336〕。
313号線に入って経ヶ丸の道に入る。前述のように1度きたことがあるのだが随分昔のこと。羊腸の道は不変でも公園や文学の道などの整備は見違えるようにきれいになっていた。281mの頂上は叢伸び放題だった光景はこれが同じ山かと思うほどに公園化されていた。梢の葉落ちで380度の眺望が可能。冬至とは思えないほどの暖かい陽光を浴びて歩いてみる。さすが花はない、といってもアキノキリンソウが1株、ノゲシが数株あるにはあったが。
ちなみに過去に来たときはヤマモモの実がたわわに熟れていたときで、口腔内を紫にして下山したものである。
帰路はグリーンパーク〜真言宗別格高山寺を経て国道に還った。木々のあいだに井原市街が一望でき、ホウッと嘆ずるほどの、整然な市郭が広がる。
井原は源平合戦屋島の戦いで船上の扇を射た那須与一、群雄割拠時代の北条早雲にゆかりがある土地。井原鉄道の井原駅は那須与一の弓をイメージした斬新な駅舎だ。江戸時代は参勤交代の街道筋で栄えたので歴史の遺文が今に漂っている街だ。
486号線から枝道をとり、〔星懸の松〕を訪ねる。真言宗準別格正覚院の境内に植栽されている。黒松で、要は星状に枝を張っている松だ。井原教育委員会の立て札は、〔天然記念物 日本一・・枝の長さ十何m〕???。思わずマユツバだァ、と言葉を発しようとしたが、三代目と聞き,,,ハテ?。
ちょうどいい時刻、宵口に岡山に帰り着いた。桃太郎スタジアムの道路53号線は明日のマラソンに関係してか、異常の渋滞であった。
宇宙ステーション確認
2006年12月19日16時10分ごろ屋外に出て北北西の星空とにらめっこ。動いている光源は赤くピッピコ点滅して早いスピード、これは低空の飛行機。なんと多いこと。こんなに飛行機の数が上空を飛んでいるとは驚き。
そのうち、ナンカ得体の知れない光源を肉眼で捉えた。飛行機の飛行船よりかなり上。星のようにじっとしているわけでなし、さりとて飛行機のようにスイスイとは動かない。手持ちの双眼鏡なんかなんの役にもたたない。いきなりスッと動いたかと見えたが、上下に動いてみたり、少し後退してみたり、眼の錯覚かと思い青いハンカチで何度も瞼を拭いてみた。
10分ほど観察したものの寒くなって屋内に退散した。
あれがホントに宇宙ステーションなのかしら。
パソコンで再確認したがよく分からない。
21日にもう一度確認要かも。
21日宵口雲多く不確認に終わった
そのうち、ナンカ得体の知れない光源を肉眼で捉えた。飛行機の飛行船よりかなり上。星のようにじっとしているわけでなし、さりとて飛行機のようにスイスイとは動かない。手持ちの双眼鏡なんかなんの役にもたたない。いきなりスッと動いたかと見えたが、上下に動いてみたり、少し後退してみたり、眼の錯覚かと思い青いハンカチで何度も瞼を拭いてみた。
10分ほど観察したものの寒くなって屋内に退散した。
あれがホントに宇宙ステーションなのかしら。
パソコンで再確認したがよく分からない。
21日にもう一度確認要かも。
21日宵口雲多く不確認に終わった
日付変更間際
2006年12月15日あと少しで日付けが16日に変わる。
そんな遅くまでなにをしていたかというと、ある忘年会に招待されて只今帰宅したからである。
好日の一日、半田山にでかけて新しく購入したレンズの試写してきた。
結果は可も無く不可でもなく。も少し慣れてみないと使い切れない。
そんな遅くまでなにをしていたかというと、ある忘年会に招待されて只今帰宅したからである。
好日の一日、半田山にでかけて新しく購入したレンズの試写してきた。
結果は可も無く不可でもなく。も少し慣れてみないと使い切れない。
雨読
2006年12月14日 片隅に山茶花散るや植木溜 〔秋櫻子〕
庭に、真っ白の花冠で咲き誇った山茶花は、雨に打たれてぱらぱら花弁を散らす。歩くたびに袖に触れるのでさらに散る。いつのまにか小径は雪のように化粧した。
箒で掃いても濡れ張り付いて思うにまかせない。
椿は花冠ごと落ちるが、山茶花は一枚一枚の花弁を散らす。
箒を杖にしてしばらく眺める。
木の方は大方落ちて革質の葉ばかり。主客転倒の図なり。
まことにもってカラリと晴れた冬空にならない。レンズにカビが生えるような気がする。
庭に、真っ白の花冠で咲き誇った山茶花は、雨に打たれてぱらぱら花弁を散らす。歩くたびに袖に触れるのでさらに散る。いつのまにか小径は雪のように化粧した。
箒で掃いても濡れ張り付いて思うにまかせない。
椿は花冠ごと落ちるが、山茶花は一枚一枚の花弁を散らす。
箒を杖にしてしばらく眺める。
木の方は大方落ちて革質の葉ばかり。主客転倒の図なり。
まことにもってカラリと晴れた冬空にならない。レンズにカビが生えるような気がする。