prose-天平の甍

2013年1月22日 趣味
 天平時代当時の聖武天皇は全国に国分寺と国分尼寺の建立を命じた。武士が権力を握る以前の時代である。目的は国家鎮撫だった。
 備中にも往時の中心地域の吉備に並立を命ぜられ五重の塔をいただく寺院が、やや離れた地に尼寺が建立された。すべての建築は人手によるものだから壮大な公共工事だったにちがいない。そこまで想いをよせて眺めていると身震いする感動をおぼえる。人口の少ない国勢にいかほどの民が集落を形勢していたのか分からないが、今にして田園がひろがり向う丘陵に民家が散在していて長閑なよそおいは往時を偲ばせる環境にちかいだろうと思う。
 
 国分寺から南西の方角になだらかな丘陵が連なっているなかひときわ高い峰が史実の残る福山、南北朝の戦いで九州に敗走していた足利尊氏軍勢(弟・足利直義)が東上するさい新田義貞軍勢が迎えて干戈を交えた福山合戦の戦場になり、五重の塔をふくめ吉備一帯が戦禍の灰燼にきし、のち江戸時代後期になってようやく再建されて甍の光りが吉備の郷によみがえったという。

 時代を超えて風雨にさらされて老朽化がめだち昭和に解体改修工事がおこなわれ
た。肥沃な田園は豊穣を約す郷は今につづく一幅の画そのものである。

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