新庄宿界隈

2004年11月13日
                ★
 叢はもう枯れていた。
 水気をなくした葉は穏やかな冬晴れの陽を浴びて、葉擦れの音も立てずに直立していた。
 晩秋に強いキク科の植物も夜半の冷え込みに遭いさすがに窶れを隠し切れず花弁がいびつに垂れて晩節を迎えていた。
 草際をカメラを持った3人の男女が残り花を探していて、一輪の花茎を見つけたが、それは青紫色の花弁を硬く閉じ込み葉は枯れていた。叢に踏み込んで分け入ってみると、そいう状態のリンドウはあちこちに見つけることが出来てまだ青味の残る葉などリンドウに出会うと、叢に没してシャツターを押していた。目になじむと青紫の色に焦点が良く合い、4〜6輪の株立ちが叢に蹲っているのを見つけると歓声があがった。オチョボ口のように、此花独特の花咲きをアングルを変えてひとしきり撮る。
 やがて撮るものがなくなって、車の傍にかたまり、コーヒーを飲み、澄んだ高原の空気を味わっていた。
 ときたま乗用車が何の用事か知らぬが通過した。人息れが絶え、野鳥のさえずりさえ聞こえない。耳の奥がツンと鳴るほどの静かさだ。
 草原の中に一筋の踏み道がついていた。人一人が通れるほどの道で、頂に登りつめる手前で杉木立の鬱々とした林のなかに消えていた。
 その口から一人の老婆がおりてきた。ひざ上を覆う枯れ草を分けて、頭に手ぬぐいを被り、モンペ姿で腰は大きく前にたおれていた。溝口正史の小説を思い出す雰囲気だった。
 彼女は右手にビニール袋をつかんでいて、一見、それはキノコと分かるもので膨らんでいた。
「茸がようけぇ採れましたですか?」
 広場に降り立った彼女に声をかけた。
「はあ〜・・」
 返事とも息切れともつかない声を発して、立ち止まり、腰を伸ばした。
「ちょつと見せてつかぁさい」
 老婆はしゃがみこみビニール袋の口を広げた。
 ほぼ袋の6割を占める量だ。
 見たことがない茸だった。茶一色で艶のある笠の裏は長くて深いヒダがあった。笠に枯れ杉葉、石突に黒土が付着していてキノコ特有の芳香が流れてきた。
「・・・茸ですらぁ」と言った。聞いたことのない名前で、たちまち記憶から霧散して忘れてしまった。
「煮物や吸い物にしたらおいしいんでな」とビニール袋のなかで広げて見せてくれた。
「百姓も今は暇でな、ちょっと山ぇはえってきて採ってきましたんぞな。よう知っているけぇ採れました、へぇ」
「これがマッタケならたいしたもんですなあ」
「そりゃ、またたまげたことになりますらぁ」と、老婆は腰を据えて話し出した。
「この辺の山もあれましてなあ、先の台風じゃうちの山も風が吹いて、40年50年のわが子のような杉が倒されましてなぁ、あの公園ちかくですがなぁ、よその反対側は倒れずうちのほうばぁ倒れました。じいさんがどうすりゃあこげぇなもんいうてなげぇてなさるが、道えおちたもんは公で切ってくれましたんですが倒れたもんは切ると撥ねますけなぁ、あぶねぇですらあ、売っても使いもんなりゃあしませんしな、買うてくれりゃあしませんがな」
 腰をあげた老婆は、
「やれ、ぐちをこぼしました」と、長年の農耕で曲がった腰と鍛えた足取りで下り勾配を歩いて行った。
               
 

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